♪ざんらざらざらざらりんこー(※重低音。)
(いかがスか、「ミラーニューロン」、俺の理解を申し上げますと、自分でのーて、近くにいる、自分の目に見える範囲にいる仲間がしていることを、まるであたかも自分がしているかのように感じる、思うことができる能力なんですと、あああーこれを霊長類も鳥類も持ってますよーと、なんともなんともー。)
こんばんは。
ミラーニューロン 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』(※続け〼。)
概説
ヒトでは、ミラーニューロンと一致する脳活動が運動前野、補足運動野、一次体性感覚野、下頭頂葉で確認されている。ヒトにおけるミラーシステムの機能は、多くの推測の対象となっている。
鳥類には模倣的共鳴行動があることが示されており、神経学的証拠はある種のミラーリングシステムの存在を示唆している。
現在までに、ミラーニューロンの活動が認知機能をどのように支えているかを説明する、広く受け入れられた神経学的あるいは計算論的モデルは提示されていない。
ミラーニューロンの主題は、激しい議論を引き続き生み出している。
2014年、王立協会紀要Bはミラーニューロン研究に完全に特化した特集号を発行した。一部の研究者は、ミラーシステムが観察された行動をシミュレートし、心の理論のスキルに貢献する可能性があると推測している。一方、他の研究者はミラーニューロンを言語能力に関連付けている。
マルコ・イアコボーニのような神経科学者は、ヒトの脳のミラーニューロンシステムが、他者の行動や意図を理解するのに役立っていると主張している。さらに、イアコボーニは、ミラーニューロンが共感のような人間の感情能力の神経基盤であると主張している。
(「広く受け入れられた……モデルは提示されていない。」「激しい議論を引き続き生み出している。」ゆう、いま現在とってもあつい、そしてまだまだやわらかいところなのですねー。)
(ぷひぃー。とん、とん。)
知らぬことを知るたのしさ。
(えー、昨日のお話じゃ、まったく意見の異なる、それどころか正反対とも思えますふたつの説「理論説」「シミュレーション説」を紹介いただきましたが、これらをどう考えるべきか、どうとらえてみるべきか、両者の関係やいかに、などなど、俺なんかにゃーちぃーともわかりませなんだものですから、あなたにおききしーのでぷひぃー、というところまででしたー。)
こんばんは。
(そんなあやふやな俺なりにでも、何かを申し上げるとしますならば、どっちも相当程度当てはまる、正しい、とのことでして、もしかしたらふたつが重なり合う場面もあるのかもわかりませぬーといふものです。さーせん。)
ミラーニューロン 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
ミラーニューロン(英: Mirror neuron)とは、動物が行動する時と、他者が同じ行動を行うのを観察する時の両方で活動する神経細胞である。
このように、ニューロンは他者の行動を「鏡のように映し出す」のであり、まるで観察者自身が行動しているかのようである。
ミラーニューロンは、必ずしも生理学的に脳内の他の種類のニューロンと区別されるわけではなく、その主な差異は応答パターンにある。
この定義によれば、このようなニューロンはヒトや他の霊長類、そして鳥類で直接観察されている。
(な、なんてこった、また面白いことを教えてくださいましましー。)
(ぷひぃー。とん、とん。)
かすむ。かすむよ。
こんばんは。
心の理論 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
理論説とシミュレーション説
人が他者の心的状態を理解するメカニズムに関して、「理論説(theory theory)」と「シミュレーション説(simulation theory)」の2つが提唱されている。
理論説
理論説では、人は先天的、後天的どちらであれ、他者に当てはまる一般的な「知識」や「理論」を持っており、これらに基づき他者理解を行っているとする。
ここではシミュレーション説とは異なり、自己理解と他者理解は独立であるという立場をとる。
シミュレーション説
シミュレーション説では、他者理解は理論的操作(=理論説)ではなく、自分を相手の立場において模倣する、つまりシミュレートすることで他者理解を行っていると考える。
他者の行動と自らの行動、その両方に反応するミラーニューロンの発見はシミュレーション説に強力な生物学的な根拠を与えるものと受け止められている。
(ほんわー。まったく正反対とも思えます、ふたつの説を提示下さいましたー。ふうーぬ、これをどう考えてみませうかー。)
(ぷひぃー。とん、とん。)