ふん。甘いもんなんて苦手だネ。
(えーと、これまでのところで、いくつか思いつきましたことどもー。)
こんばんは。
(「ヒトは前もって指定された発声をほとんど有さない (その数少ない現存する例として笑うことや鳴くことがある)。」とありまして、ここで関連して気づきましたんが、いつぞやお話をしました、フランスの赤ちゃんはフランス語風の泣き声を、ドイツの赤ちゃんはドイツ語風の泣き声をあげるんですよーとするお話で、ええ、おかあさんのおなかんなかにいるうちから、もうすでに聞いているのだなあと、そして感じているのだなあと、ええ。)
(えーと、ごめんなされ、「言語の顕著な特質として、言語を扱う能力は遺伝するが、言語自体は文化によって伝えられるということ」とありまして、これに関してなんかを書きたかったんですが、ようわかりませぬで、うまく思いつきませぬで、さーせん、ですんで繰り返しつつ先を進ませてくだされよ。)
言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
言語の起源の仮説
自己馴致類人猿理論(※再掲とつづきっスー。)
言語の顕著な特質として、言語を扱う能力は遺伝するが、言語自体は文化によって伝えられるということがある。言語に基づいた説明として構築されるのだが、物事を行う技術的な方法などの理解も文化を通じて伝えられる。そのため、言語を扱う能力と文化との強固な共進化的な軌道が見込める。最初おそらく初歩的な型の原言語を使っていた初期の人類は文化的な理解にアクセスしたほうがよかっただろう。そして子供の脳が最初に学ぶ原言語によって伝達される文化的な理解は既に得た利益を付与することで伝えられた可能性が高い。
そのため初期の人類は疑いなく理解に生き残るためのカギを与える文化的ニッチを作り出し、そういったニッチのもとで繁栄する能力を最大限に活用する進化的変化を経るニッチ構造に関わってきたし、関わり続けている。より重要なニッチにおいて本能が生存にとって重要であるように保つ作用を持つ選択圧はヒトが自ら作り出した文化的ニッチにより依存していくことを楽にすると期待されたが、文化的適応を楽にする革新―この場合は、言語を扱う能力における革新―が広がっていくことも期待された。
(ふ、ふんぬうーなにやらいきなりむずかしうなって参りましたぞー。)
(ぷひぃー。とん、とん。)