しょういち家頁

まーんず許容範囲。   あ。


 こんばんは。


(昨日の文中、まんなからへんで「喃語期」なる言葉が出て参りました。んで、こりゃーなんと読むのか、意味はなんなのか、おわかりになりますですか。俺の感じじゃ「ほごき」「母乳で育つ期間」とみました。どうスかね ー。)


喃語 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
喃語(なんご、英語: Babbling)とは、乳児が発する意味のない声。赤ちゃん言葉とも言う。言語を獲得する前段階で、声帯の使い方や発声される音を学習している。

最初に「あっあっ」「えっえっ」「あうー」「おぉー」など、母音を使用するクーイングが始まり、その後多音節からなる音を発声するようになる。この段階が喃語と呼ばれるものであり、クーイングの段階は通常、喃語に含めない。

喃語の使用によって乳児は口蓋や声帯、横隔膜の使い方を学び、より精密な発声の仕方を覚えていく。


(ば、ば、      ばぶ?)


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
認知能力の発展と言語
言語を使用するものが有する一種の騙す能力は高いレベルの指示、つまり話し手にとって直近ではないものについて述べる能力である。この能力はしばしば心の理論、つまりそれぞれの欲求や意図を持っている自分とよく似た存在として他者を認識すること、と結びつけて考えられる。チョムスキー、ホイザー、フィンチ (2002年) によれば、この高いレベルの言及は六つの相からなる:

 心の理論
 個と性質の区別のような、非言語的・概念的な表現を習得する能力
 指示の音声的シグナル
 合理的・意図的なシステムとしての模倣
 意図的なコミュニケーションの証拠としてのシグナル産生の任意の制御
 数表現


(うほ、そしてそして、どうやらここからこれらをひとつひとつ解説してくださっているようですーうわああああー。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

むかしーは、桜より梅だったくさ。


 こんばんは。


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
コミュニケーション、音声、言語(※つづきでスー。)
ヒトの言語のカギとなる特性は問う能力にあるとも提言されている。(特にボノボやチンパンジーのように) ヒトである調教師と (主に視覚的な形でのコミュニケーションを利用して) 交流するようになり、複雑な質問や要求に正しく応じる能力を示す動物もいたが、彼らでも、そしてもっとも単純な形であっても自ら問いを発することはできなかった。


(あーそうなんスかそうなんですねーと思いました。「問う能力」、すばらしい着眼点です。敬服しますです。そうなんですが、ふと思いましたんは、彼らは、たとえばイヌやネコやオウムやおサルさんは、「疑問に思う」ことはあるのでせうか、そうであっても、それをヒトに「問う」までには至らぬゆうことなのでせうか、それとも、「疑問に思う」だなんてことはまったくせぬのでせうか、いーんや、んなこたーあるめーよーと思うのですが、すると俺の問いはなんなのだらう、なんなのでせう、えーと、ほんのもう少しで、たとえばヒトが上手に導くことで、彼らも「問う能力」を発現させることができるのか、いやいやそんなんそもそも無理となるのか、如何。)


ヒトの子供は統語構造を使い始める遥か前、彼らの発達段階のうち喃語期に (問うイントネーションを使うだけではあるが) 初めて物を問うことができるようになる。異なる文化に属する赤子はそれぞれの社会環境で母語を習得するが、地球上に存在する言語は例外なく―声調言語であれ、非声調言語であれ、抑揚言語であれ、アクセント言語であれ―一般疑問文には上昇調の「問うイントネーション」を使用する。この事実は問うイントネーションの普遍性の強い証明である。他に言及しておくべきこととして、激しい喜びの任意の表現は話し手の言語や国籍にかかわらず、概して下降調で発音され、これもまた普遍的であるということがある。


(これはあれでせうか、赤ちゃんが「ばぶ?(↑)」=「はよちちよこさんかいわーりゃー」や、「ばぶ?(↑)」=「いーからおしめかえろはやくしろ」とか、こんな感じのことなのでありませうかーあーあぁー(※→)。)


(ぷひぃー。とん、とん。)

咳(せき)が。こんなことなかったんスけど。


(ピダハン語にゃーまんだまんだひろがり、拡がり、広がりがありそうですが、ええ、それこそ「∞(無限大)」ですが、んが、またの機会にいたしませうー、これまで大変大変ありがとう存じまするー。)


 こんばんは。


(あーそうでしたそうでしたー、どこでしたっけかーと過去にさかのぼりましてー、2月24日の記述なんですがー、間違いと誤認したりなんだりがありましたですねー、そんなことがありましたもんですから、ここはそのまんまあえてコピペ、はい、本日は復習をいたしますですーよろしうー。)

(と、思ったんですが、やっぱりやめます、うへへ、さーせん、と申しますのは区切りが悪いんです、ですんでさらにもう少し遡ります、はい、お願いします、どうしたいかと申しますれば、「コミュニケーション、音声、言語」の項を初っ端(しょっぱな)から再開といふことですーよろしうおたのもうしますー。)


言語の起源 出典:『ウィキペディア(Wikipedia)』
コミュニケーション、音声、言語
→「動物のコミュニケーション」および「動物の言語(英語版)」も参照

多くの科学者が音声と言語を区別している。(コミュニケーションのコンテクストとして、そしてとくに概念を形成してそれを伝えるための認知能力としての) 言語は精神遅滞や学習障害でも (特異性言語障害(英語版)のような) いくつかの場合には使えるし、動物界でも知られていると学者たちは信じている。

例えば、いわゆるトーキング・バードは様々な能力によってヒトの音声をまねることができる。しかしこのヒトの出す音をまねる能力は統語能力の習得とは大きく異なる。同様に、音声を発することは、現代の手話が証明しているように、言語を使用する上で必須ではない。

手話は音声よりむしろ手振りによる記号・文法を言語の基礎として利用している。モールス信号だとか手旗信号といった者の体系は別の形のコミュニケーションだが、必ずしも言語ではない。

ヒトの言語をヒト以外のコミュニケーションの体系から区別するカギとなる特性は再帰性であると主張されてきた。この言語学的な意味での再帰は、例えば(The man with the old crusty eyepatch he wore since WWII) walked to (the store that burned down before his uncle had put down the downpayment)という複合的な文や、あるいはより情報量の少ないThe man walked to the store which the man who walked to the store walked toという文のように、語句の中に語句を挿入する (あるいは埋め込む) ことを言う。

ムクドリ (Sturnus vulgaris) がこの再帰性を含む文法を習得できることがシカゴ大学での実験により明らかになった。実験者たちはムクドリに文脈独立な中央埋め込み(英語版)という文法を訓練させた。ムクドリは文法的に許容できる発話を認め、そうでない発話を拒否することができたと彼らは報告している。

さらに、ピラハン語はヒトの言語でありながら再帰性を示さないとダニエル・エヴェレットが主張している。


(ぷひぃー。とん、とん。)

家頁ロゴ頁トップへ